50代からのリスタート。人生を“整える”ためのチェンマイ移住記

「自分らしい生活とは何か」──そんな問いに向き合うとき、海外での暮らしが選択肢に浮かぶ人もいる。タイ北部の街・チェンマイを人生の次の舞台に選んだのは、ゴルフ中心の生活を楽しむ夫婦と、母を想い単身で移住し、現地で働く女性。それぞれの物語から見えてきたのは、チェンマイという街が与えてくれる“自由”と“心の余白”だった。

土田夫妻の場合

50歳を過ぎて見えた、次の生き方
──移住のきっかけは“夫婦の旅”から

土田祥雄さん(68歳)、直子さん(65歳)

「最初は年に1、2回の旅行でした。2006年にチェンマイに行ってから、ずっと気になっていたんです」
そう語るのはご主人。50歳を迎える頃、仕事も一段落し、ご夫婦で海外を旅するようになったという。そして旅をしていく中で「海外で暮らすのもありかも」と考えだした。「どこに住むのがいいだろう」と、比較検討していたマレーシアとの違いをこう振り返る。
「チェンマイの方が断然楽でした。空気感が違うというか…2泊しただけで『あ、ここなら暮らせる』と感じましたね」
奥様もその言葉にうなずく。
「本当に即決でした。『ここなら、ふたりでのんびり暮らしていけそう』って」
そして、2017年5月。土田夫妻はリタイヤメントビザを取得し、正式に移住を果たした。

移住の際、荷物はごく少なく、持ってきたのはゴルフバッグ&ウエアと普段着程度。住まいには家具家電が備え付けられており、不自由はなかったという。
「電化製品も基本的についていますし、特別な引越しは必要なかったですね」
ビザ手続きについては、初回のみ専門業者に依頼し、以後はすべて自分たちで管理。国際送金も「WISE」を活用してスムーズに行なえている。
「年金や郵便物の管理は、日本にいる娘が手伝ってくれています

移住前にはロングステイ財団のイベントや南国暮らしの会(月1回開催)にも参加し、情報収集はしっかり行なったが、一番頼りになったのはやはり「ネット情報だった」と話す。

朝の涼しいうちにプレー
──チェンマイでの日々は“ゴルフ中心”

※写真は土田さん提供

移住後の生活は、まさに“ゴルフ漬け”だという。
「週5で早朝から歩いてプレーしています。家でのんびりテレビを見たり、食事したり。出かけない日もありますね」とご主人。「私は週4日。その甲斐あって、チェンマイに来てから3回、ホールインワンを達成できました」と奥様。
チェンマイの朝は思った以上に涼しく、運動にもぴったり。生活リズムが整い、心身ともに健やかな日々が続く。

語学についても、力を入れすぎない“ほどよい距離感”がポイントだ。
「日常会話には困りません。キャディさんとは冗談ばかり(笑)」
週1回、タイ人の先生に3年ほど家庭教師に来てもらっていた時期もあり、タイ語も自然と身についていったそうだ。

※写真は土田さん提供

現在の住まいは、チェンマイ市内のコンドミニアム。日本式に言えば2LDK(2ベッドルーム・2バスルーム)で、面積は約80㎡。家賃は26,000バーツ(約11万円)と、日本の相場よりも割安。
「最初はゴルフ場敷地内のコンドミニアムに半年住みましたが、周囲に何もなく買い物が不便で……。その後、市内に移り、今の住まいに落ち着きました。家はネットで探しました」
ご夫婦の月々の生活費は約80,000バーツ(約34万円)。大きな割合を占めているのは、家賃とゴルフ代。その他は「慎ましい生活」だと笑う。
「自分たちの好きなことにだけ、お金を使っている感じです」

チェンマイは
「ちょうどいい距離感」で
暮らせる場所

下段4点の写真は土田さん提供。中央の2点は娘さん夫婦がチェンマイに遊びに来た際に撮影したもの。

「チェンマイには日本人のコミュニティもありますが、無理に参加しなくても“必要なときにはつながれる”距離感がちょうどいいんです」と奥様。
「夫婦で仲良く暮らしたい人にはぴったりの場所。趣味がなくても、新しいことが自然と始められます」
そんなふたりの言葉からは、「肩の力を抜いて、自分たちのペースで暮らす」ことの心地よさが伝わってくる。


池田佳奈美さんの場合

母との旅が“自分の旅”になった
──辿り着いたのはタイ・チェンマイ

池田佳奈美さん(57歳)

東京で長年働き続けてきた佳奈美さん。40代後半、単身で仕事中心の生活にふと「このままでいいのか?」という違和感が芽生えた。
「夜11時、コンビニでおにぎりを買ってひとりで食べる。そんな日々に“私、何やってるんだろう”って」
ちょうどその頃、札幌の実家で暮らす母親が「冬だけでも暖かいところで過ごしたい」と話し始める。ハワイやグアムも検討したが、距離や経済的にも難しく、アジアへ目を向けた結果、たどり着いたのがタイ・チェンマイだった。
「治安が良くて、日本人も多い。母が気に入ってくれて、何度か一緒に過ごすうちに“ここなら母も私も穏やかに暮らせる”と感じました」
そして、彼女はこう決断する。
「私が先に住んで地盤を作るから、ママはいつでも来ていいよ」
2015年6月、東京で暮らした家を引き払い、チェンマイへの単身移住が始まった 。

「整える時間」が導いた転機
──語学学校から始まった新たな道

最初は観光ビザで入国したが、長期滞在には学生ビザが必要だった。そのため、彼女はタイ語の語学学校に入学する。
「年齢制限もないし、通えば1年のビザがもらえる。“50歳になるまでの2年間、じっくり考えよう”と思って」
授業は想像以上にゆるく、「行っても行かなくても大丈夫(笑)」なほど。
それでも、その緩さこそが「心の余白」を取り戻すきっかけになった。1年後には再入学し、アドバンスクラスへ。結果として、語学学校での時間が彼女の人生に新たな転機をもたらすことになる。
学生ビザの延長も終え「そろそろ日本へ帰国しよう」と思っていた50歳の彼女が何気なく訪れたのは、チェンマイのゴルフ場。そこに運命的な出会いが待っていた。
「一人でラウンドしていたら、支配人に“うちで働かないか”って誘われたんです」

冗談かと思っていたが、真剣なオファーだった。
過去に日本でポルシェのショールーム勤務やゴルフイベントの運営、コンパニオンのマネジメントなどを経験していた佳奈美さん。支配人と何気ない会話を交わすうちに、そのホスピタリティスキルが思わぬ形で評価された。

左下の写真は、2017年「ノースヒル ゴルフクラブ」に初出勤した日のもの。今は他の写真に写っている仲間やお客様と一緒に、楽しい毎日を送っている。(写真は池田さん提供)

現在はビジネスビザを取得し、チェンマイの「ノースヒル ゴルフクラブ」でスタッフとして勤務しながら、日本人観光客や駐在員のサポート役も担っている。
「言葉の不安がある人にとって、日本語で話せる場所って本当に大事なんです」
駐在員が週末に訪れ、日々のストレスを日本語で吐き出して帰っていく。そんな場所を提供できることが、今のやりがいにもなっているという。

ノースヒル ゴルフクラブ チェンマイ

佳奈美さんが勤務しているノースヒル ゴルフクラブは、チェンマイ国際空港からクルマで約15分という便利な場所にあるコースリゾート。18ホールの本格的なコースは、ドイステープ山の美しい景色を望む絶好のロケーション。練習場やモダンなクラブハウスやレストラン、スパも完備されており、初心者から上級者まで、誰でも気持ちよくプレーできる。

https://www.northhillchiangmai.com

そして、移住のきっかけとなった84歳になる母親も、冬の半年間はチェンマイで過ごしている。夏の間は兄が一緒に暮らし、季節の移り変わりとともに札幌からひとり、飛行機の乗り継ぎもこなし、チェンマイへと渡るという。

チェンマイでゴルフを楽しむお母様とパチリ(写真は池田さん提供)


チェンマイには、立ち止まって
深呼吸できる時間がある

「日本では“きちんと”していることが正義だった。でもこっちでは、何歳でも、何をしてきたかより“今”を見てくれる」
収入は多くないけれど、自由に、気持ちよく働けていることが何よりの幸福だという。

最後に、これから海外移住を考えている人へ、佳奈美さんはこう語ってくれた。

「都会や人間関係に疲れた人には、チェンマイをおすすめしたい。“移住”じゃなくてもいいんです。1週間でも2週間でも、心と体を“ゆるめる時間”を持ってみてほしい。チェンマイには、その余白があります」


話を聞いて感じたのは、「移住」とは必ずしも大きな決断や挑戦ではなく、むしろ力を抜いて自分のペースを取り戻すための手段であるということだ。

趣味を軸に穏やかな日々を楽しむ土田夫妻、家族への思いから新たな暮らしを始めた池田佳奈美さん。それぞれの生き方を支えているのは、チェンマイという街の「ちょうどよさ」にほかならない。

語学力や年齢、これまでの肩書きに縛られず、自分のタイミングで、自分なりの暮らしを築くこと。それは、日本での生活のなかで見失いがちな「自由」や「心の余白」を思い出させてくれる。

人生の後半をどう生きるか。そのヒントは、思いのほか身近な場所にあるのかもしれない。


写真=天神木健一郎

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